イギリス海岸にて

「ああ、いいな」私どもは一度に叫びました。誰だって夏海岸へ遊びに行きたいと思はない人があるでせうか。

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裏仕事 

未分類 |

裏のブログ、とやらを本日始めました。


carinaでも本名でも検索できない、真の裏ブログです。

こちらからはたどりつけないけど
あちらからはたどりつけるかも。

あちらがもう少し、きちんと走り出したら
こちらでも披露します。


一人一業、ではなく、今から何本も仕事持っていたら
たのしいかもしれない。

二兎は追えないというのなら、三兎追ってみましょう。

そんな感じです。

気持ちの良い夜です。


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22:21 |  trackback: 0 | comment: 0 | edit

イボる女 

diary |

イボる とは、ぬかるむ。
田んぼなどでぬかるみにはまって靴がとれなくなる状況のことを指すらしい。
北九州地区の方言だそうな。

先月中旬、いきつけのお店の開店記念日を兼ねた5000円ぽっきりの
ワインの飲み会にて。そこから我が家の帰り道に、小さな公園があるのですが。


めずらしく(そうでもないか)酔いつぶれて帰り、
次の日重たい頭を抱えて出勤しようと玄関に立てば
私の目に飛び込んできたのは、異様にかかとが泥だらけになったブーツでありました。

雨が降った後でもあるまいし、そうして店からの帰り、田んぼなどあるわけではなし。
アルコールで飛んだ記憶の断片をいそぎつなぎあわせると
そういえばうっすら浮かんできたのは、先の小さな公園でした。

そこは私が越してきた当時、すべり台、ジャングルジムに
ペンキが剥げて寂しくも恐ろしい様相になった
ゾウさんとパンダさんがおりました。
お子さんがまたいで乗るサイズの、セメントの乗り物。

そのゾウとパンダがあまりに昭和な佇まいで気にはなっていたのですが
この、ほんの一ヶ月ばかしの間、おそろしげなゾウとパンダは
なんだか近代的でスマートなオットセイとプロペラの飛行機に変わっていました。

かわいくない。


「かかとがさあ、泥だらけでねえ」と知り合いにメールしたら
近所のその人は所用のついでに公園を見に行ってくれたそう、
そうしてオットセイの周辺にセンマイドオシで刺したような

いや、ある種の貝が掘ったような穴を発見することになるのでした。
「イボッた跡がたくさんあった」と。

酔っ払って乗っていたんだな。


ここの公園は私が越してきた当時、レトロな感じが好きで
発泡酒など買ってブランコに乗ったり滑り台に乗ったりしていたものでした。
「危ない人と思われるけん、やめり~」と友人は言いました。
一度は近所に住んでいるインド人の若奥さんがうつろな目で
ブランコを漕いでいた。


子供より大人を引きつける何かがあるようです。

いや、ただの酔っ払いの戯言かもしれませんが。


21:57 |  trackback: 0 | comment: 0 | edit

春ですね 

未分類 |

今、2代目のPCを膝に乗せ、発泡酒を飲みながら
桜、ではなく申し訳ないほどのベランダの緑を愛でつつ
このブログを書いています。

無線LANて、本当に無線なんだな、と
リアルに感動しています。


ちょっと変えたくなったら徹底的に変えたくなるのが
私の癖で、ブログもfc2にちょっと飽きてきたし
どっか引っ越すかいっそのこと一から自分で作ってみるか
検討してみました。


もうちょっと勉強したいので、このままfc2にいます。
しばらく。


コンパクトカメラがiPhoneで応用できるようになったし
今度はミラーレス1眼が欲しい。
どうですか、使っている方、使い心地などは?


物欲まみれで苦しい春です。








18:40 |  trackback: 0 | comment: 0 | edit

怠けました 

diary |

最近はFACEBOOKの方で更新してます。って
そんなにマメではないけれど。
http://www.facebook.com/profile.php?id=100002378574321


いや、ブログは止めませんよ。
20:34 |  trackback: 0 | comment: 0 | edit

感傷だとか何だとか 

music |

ブライアン・アダムスの「ヘブン」という曲があります。
80年代に浴びるように洋楽を聴いていた私には
あの前奏を聴いただけで、胸にこみ上げるものがあります。
http://youtu.be/3eT464L1YRA

何の心の準備もなしに、街の雑踏で流れてきたらどうだろう。
ちょっと凍りつく。でもそれは、曲そのものに感動しているわけでなく
その曲を聴いていた頃の自分が、その思い出がよみがえり
泣いている気がする。


今私は、このブログを、大貫妙子を聴きながら書いています。
2002年にzepp fukuokaで10数年ぶりに
聴いたときは、変わらぬその第一声に泣きました。
泣くとは思わなかった。驚いた。
感傷か、自己憐憫かもしれない。分かってます。
でも、たぶん、誰でも泣くでしょう。

なんか長く生きたなあと思いました。

こんな日記を書こうと思ったきっかけは、これです。


ナニワ・サリバン・ショー 感動サイコー
20111215175332311_convert_20111227011440.jpg


私はキヨシローさんのファンではありません。
なので彼のアクトを見ても、泣きはしませんでしたが
唯一、玉の涙が(本当に粒で落ちてきた)ぼろぼろとこぼれたシーンがあります。
矢野顕子と清志郎さんで歌った「ひとつだけ」。
http://youtu.be/IjJvm09WFQ8

中学校の同級生のOさんは、パン屋さんのお嬢さんで
お店の2階が住居でした。
そこでアッコちゃんを聴いてました。
あの頃の思い出がどうとか、彼女に対する感情がどうとか
そんなんではなく、ああ、確かにそんな過去が
彼女と過ごした時間があったなあと感じた。
それだけなんだけど、どうして涙が出るのだろう。

そして音楽は確実にその時間を際立たせる。
あれですね、飛行機のなか不意に「ノルウェーの森」が流れてきて
40代のワタナベトオルが涙ぐむ。
まったくそれと一緒。


歳をとった、というより、長く生きたなあ(長く来たなあ)という思いです。
越し方を振り返ると、転々とマイルストーンのように
私の人生を彩った曲が見えます。











01:07 |  trackback: 0 | comment: 0 | edit

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